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波色に焦がれる ※再録

 その日、屋敷は大いに荒れていた。
 別に強盗が入ったわけではない。掃除をするメイドがごみの入った袋を転んでぶちまけたわけでもない。
 荒れていたのは、その一角にある小さな部屋だけだ。

「うぜぇ、入ってくるな、馬鹿ぁ!?」

 まだ変声期を終えていない甲高い声は、周囲を建物に囲まれた中庭に良く響き渡る。それを扉のすぐ前という特等席で聞きながら、ガイは半分耳を押さえて、吹き飛びそうな勢いで揺れるドアを片手で押さえた。

「ルーク、扉が壊れる」

「知るかよそんなことっ」

 ばしん、と軽い振動が扉を叩く。癇癪を起こしたルークが何か――恐らくクッションか――を投げつけたのだろう。溜息をつきそうになりながら、それを堪えてガイはとりわけ落ち着いた声で名前を呼ぶ。

「ルーク」

「入ってくるな!?」

 けれど返って来るのは取り付く島も無い怒声ばかり。
 部屋には鍵が掛かっているわけではない。メイドたちは主が許しを与えない限り中へ入るわけには行かないだろうが、世話係りであるガイは強引に踏み入ることも出来る。
 それをしないのは、ただでさえ悪いルークの機嫌がさらに降下するだろうことが予想できるからだ。

「ルーク・・・ったく」

 扉を叩く手を一度止めて、ガイは少し下がると階段にどかりと腰を降ろした。溜息は聞こえない程度に離れてから、そっと吐き出す。
 背後からはまだ何かを叫んでいるらしい子供の喚き声が繰り返されていて、そんな気遣いなどしなくともルークに聞こえるはずは無いのだけれど。

「ガイ」

「・・・っわあ!?」

 突然降ってきた声に、ガイは跳ね上がる勢いで身を引いた。それは背中から響く声に比べると、風に吹かれれば掻き消えるのではと思うほど密やかなもので。

「あの、ルーク様のご様子は?」

 一人のメイドが伺うように柱の影から身を覗かせている。彼女は両手に大きなトレイを抱えていて、その上には布をかけた膨らみが並ぶ。ルークの昼食を運んできたのだ。

「相変わらずの様子だよ」

 手で軽く制してそれ以上近づかないでくれよと暗に示す。幸い彼女はガイのことよりも食事を運ぶという仕事に意識を向けていて、困惑した表情で柱の影に立ち尽くした。

「昨日の夜も、何も召し上がって下さいませんでしたのに」

 溜息を零す姿は、今のガイの心境を表すようでもある。
 そしてことの起こりを思い起こす。
 メイドたちは同僚の一人が土産に貰ったという、綺麗な貝殻のペンダントを囲んで、何気ない話題に花を咲かせていた。それは日常的な風景であり、珍しいことでもない。
 けれど、そこにルークがふらりと通りかかって。
 「海」って何だ――と、そう尋ねたのだ。
 戸惑ったのはメイドたちだ。彼女らはルークと使用人であり、ルークと気安く会話をする資格も無い。その上、成人するまで軟禁状態にあるルークが外への興味を持たないようにと、彼の前で外の話はしてならない事になっている。
 何時までも答えないメイドたちに、苛立ったルークが声を荒げて、そこにガイが仲介として呼び出されたのだが、今度はそちらに矛先が向いてしまった。
 当然、ガイもその問いに答えることは出来ず。どうして誰も答えないんだと、叫んだルークの声が今でも耳から離れてくれない。
 怒りを露にして。けれど、深い悲しみを奥底に抱えている、そんな声。
 知りたいことを、聞かれただけ答えてやりたいと願いつつ、それが出来ない自分の無力さに歯噛みする。そそくさと逃げるように持ち場へ戻っていくメイドたちの姿を目で追いながら、ぽつりと呟かれた子供の言葉に、ガイはぎくりと立ちすくんだ。
 どうして自分にはみんな隠し事をするんだ、と。
 まるで自分を取り巻く世界を、見抜いているかの様に。彼が時折とても聡いことを言うから。
 与えられないことに癇癪を起こしただけでは無く、ルークは寂しかったのだろう。楽しそうに会話するメイドたちが知っているものを、自分が何一つ知らず、そして知ることをも許されて居ないのだということに。

(でも、だからってどうしろって言うんだ)

 彼に教えても良いのは、この屋敷の中にあるものだけ。
 それを公爵が決めたのならば、それがこの屋敷における絶対のルールだ。ただの使用人でしかないガイには、どうしてやることも出来ない。

「もう少し様子を見てみるから、その食事はここに置いていってもらえるかい?」

「え、でも・・・」

「君もまだ仕事が残っているだろう」

「ええ・・・じゃあ、ごめんなさい」

 そう告げると、けれどホッとした顔で彼女は食事のトレイを傍らに置いて、踵を返した。翻るスカートの影が完全に屋敷の中に消えるのを見送ってから、ガイは少しだけ静かになった扉へと再び近づく。

「ルーク」

「・・・まだ居たのかよ」

 中からは、相変わらず不機嫌そうな声が返された。一方的に怒鳴り続けていたくせに、ガイからの反応がなければ少し拗ねているようにも聞こえる。

「ルーク、出て来いって」

「嫌だ」

「ヴァン謡将が来てるのにか?」

「えっ!??」

 最終兵器だとばかりにガイが一息で告げれば、あれだけ頑なに閉ざされていた扉が撥ね開けられ、中から勢い良くルークが飛び出した。
 危うく勢いで激突されそうになり、何とか体を捻りそれを避ける。ガイが体制を立て直したころには、もう後姿は角を曲がり消えるところで。

「何だよ、出てこないんじゃなかったのかよ」

 いくら慕っているからと言って、あまりに大きい差を見せ付けられたようで面白くない。つい素で呟いてしまって、ガイは慌ててまた誰も居ない周囲を見回し、溜息をついた。





「・・・で?」

「・・・・・・」

 目の前で沈黙を守る子供を、ガイは腰に手を当てたポーズでじっと見下ろす。白いシーツを被ったまま顔を壁際に向けるルークは、先ほどからずっと口を開こうとしない。

「お前が倒れたって言うから、驚いて駆けつけてみれば。腹が減りすぎて貧血起こしただって?」

「・・・・・・」

 はぁ、と大きな溜息をついてガイは天井を仰ぎ見た。
 情けないにも程がある。彼が倒れたという知らせを聞いたときには心配でガイのほうが倒れそうなくらい真っ青になったというのに。部屋に行ってみれば、結果はこれだ。

「呆れた」

「煩えっ」

 明らかに照れ隠しと判る反応に、苦笑する。きっと後ろを向いたその顔は真っ赤に膨れているのだろう。本当に心配をして損をしたと思えるのは、ある意味幸運だったのか。

(ったく・・・仕方無いなぁ)

 こんな事はもうこりごりだと、ガイは思っていた。
 原因は例の「海って何だ」という疑問の件である。命令違反が知れればどんな処分が与えられるか判らなかったが、それでもこんなことを繰り返すよりはずっと良い。

「教えてやるよ。お前が知りたいことなら何でも」

「いらねぇ」

 だが、早速質問攻めに合うかと思いきや、意外にもルークからはそっけない返答だけだった。

「ヴァン師匠に、教えてもらったから」

 その言葉に「ああ」とガイは納得する。またしてもヴァン。確かに外部の人間である彼ならば、屋敷の決まりに縛られずルークに接することが出来る。
 解決して安心するが、同時に、せっかくルークのためにと覚悟を決めた思いが無駄になったことが悔しい。
 そのもやもやした気持ちが何から起こるものなのか、この頃のガイはまだ知らなかったけれど。
 とりあえず、騒ぎは全て丸く収まったかのように見えた。
 ・・・のだが。

「ガイ、海が見たい」

「ええ!?」

 疑問の解消は、新たな好奇心に結びついていたようで。一難去ってまた一難。子供の目は新たな目的に輝いている。

「ちょ、ちょっと待て、ルーク」

 胃がきりきり痛む気がするのは気のせいではないのだろう。次に倒れるのはきっと自分だと、預言士のように呟く。

「どうして海に拘るんだよ?」

「ああー・・・・・・確かめてみたいから」

 確かめてみたい、本当にそんな色なのか。ルークが言う理由というのはいまいち要領を得なくて判らない。
 ヴァンは一体ルークに何と吹き込んだのだろうか。
 ガイの子育て奮闘記は、まだ始まったばかりだった。


end.

***
2006年秋発行のペーパーから再録
ガイルク本「水中恋唄」の番外編として書きおろしたものでした。


update 2012/06/23
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