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いまここに在る非日常 ※再録

「ガイ」

 名前を呼ぶとき、少しだけ甘えるような優しい声になる。
 その癖は小さい頃から身に染み付いているもので、彼が変わると宣言し髪を切った後にも変わらなかった。

「大丈夫か、ガイ?」

 じっと対の緑色が、心配そうに歪められてベッドの上の青年の姿を映している。それを判っていながら、緑色の美しい瞳に映る自分を見ることは適わなくて、厚く巻かれた包帯を疎ましげに引っかいた。
 思わず強く引っ張ってしまったらしい。何をしているんだと咎めるように温かい手が触れて、少しだけ溜飲が下がる。
 包帯なんかに嫉妬しても仕方が無いことなのだけど。

「ったく、本気で心配したんだからな」

 手は、やんわりとガイの指を其処から外すと、そのまま包帯の上を優しく撫でる動きに変わっていた。
 大仰に撒かれた包帯だが、実のところそれほど酷い怪我をしているわけではないのだ。
 戦いで軽く掠めた斬撃が、偶然ガイの瞼を傷つけた。

「血が出て、一瞬ガイの目・・・斬られたと思った」

 その時、確かにそう見えたのだろう。
 膝をついたガイの元に、ルークは真っ先に駆け寄って来て、治癒術が使えるわけでもないのに傍を離れようとはせず、近づく敵を切り捨てながらも必死にガイの名前を呼び続けていた。
 医者に診て貰っている間はずっと手を握っていて、外見が実年齢に相応しければ微笑ましい光景であっただろうが、少々周囲からは浮いていたように思う。

「医者も大丈夫だって言ってただろ。普通の切り傷だって。まあ・・・取り敢えず場所が場所だから、治りかけの所に雑菌が入って腫れたりしないようにって、包帯は巻いてるけどさ」

「判ってるよ」

 大丈夫なことは判っていると告げながら、ルークの表情は冴えないままだ。さらに追求する様にガイが覗き込めば、へたりと下げた眉が明るい色の前髪を揺らした。

「それ・・・見てると、どうしても不安になるんだ」

 それ、と言って示されたのは、見えなかったが多分この目のことなのだと思い、ガイは黙ってルークの話に耳を傾ける。
 別にルークが何かをしたわけでもないし、こうして少々の怪我くらいは日常的に良くあることでもあるのに。何故、こうまで今日の怪我に拘るのか。首を傾げたガイは、続くルークの言葉にその答えを見出した。

「昔、同じようにガイが目を怪我したの、覚えてるか?」

「ああ、覚えてるよ」

 忘れるはずも無い。あれは、ルークの緋色を真っ直ぐに見ることが出来るようになった、ガイにとってもひとつのきっかけであったから。
 けれどまだ言葉も覚え始めだった頃のことを、ルークがはっきりと覚えていたのには純粋な驚きを覚えた。

「ガイの目が見えないと、何かすげえ不安なんだ」

 それは、かつて一度失くしかけた時に感じた恐怖が蘇るのか。包帯の上を撫でていた手が心なしか震えているように感じられて、ガイはそっと身を引く。
 触れていた温もりが離れたことに戸惑っていた手を、ガイは伸ばした手で捕まえた。

「気にするな、本当に大丈夫なんだから」

「気にするっつーの!」

 当たり前だろ、ガイの目なんだぞ。
 そんな、理屈も何も通って居ないようなことをわめき散らしながら、興奮しているらしいルークは掴まれた腕を振り回す。
 無意識の行動なのだろうけど、目隠し状態で何も見えないガイにとっては少々やっかいで、折角捕まえた手を放さないようにと握る手には力を込めた。

「・・・っ」

 けれど、僅かに身じろいだ際漏れた呼吸の音に、ガイは掴んでいた手を解き放つ。

「待て、ルーク!」

「な、何だよ?」

 普通の人ならば、気付かなかったかも知れない。
 けれど、ガイが見逃すはずも無いのだ。

「お前腕に・・・っ」

 そこにあるルークの姿を、今のガイは見ることは出来なかったけれど、それでも彼が腕を負傷しているのだとすぐに判った。

「俺の方こそ、かすり傷だってば」

「嘘つくな」

 放したときに触れた指先が、ぬるりと温かいものを感じている。どうせ適当に自分で止血をしておいて、その包帯が今の騒ぎで緩んでしまったのだろう。
 医者にまで行ったというのに、ガイのことばかりで何故誰もそれに気付かなかったのか。

「見せてみろよ」

「・・・ガイ、今は見えないだろ」

 揚げ足取りをする子供っぽい言動に苛立ちながら、じっと差し出したままの手を下ろさずに待てば、小さな嘆息と共に軽い重みが乗せられる。
 どうしてばれたんだよ、という呟きは意図していなかったのだろうが、しっかりとガイの耳にまで届いていた。

「ちゃんと手当てしないと駄目だろ、ルーク」

「ガイのことで頭一杯で、今まで忘れてたんだよ」

 嘘ではないのだろう。実際周りの誰も気づけなかったのも、ガイが今回怪我をしたのが目だったことに要因している。もしもあと皮一枚、避ける動作が遅れていれば、二度と光を見ることが出来なくなっていたかも知れないのだから。

「だったら、今から手当てしてもらって来い」

「別に、こんなの唾つけてりゃ治るって」

 ガイの傍を離れ難いのか、治療をして来いと言ってもルークは渋るばかりで。自分の怪我には全く頓着しない反応に、ついにガイも実力行使に出た。

「・・・いっ・・・でぇ!?」

 掴んだ腕を引き寄せて、血の匂いの濃い場所へ顔を近づけると遠慮なく舌を這わせる。
 とんでもなく痛かったのか、悲鳴を抑えることも出来なかったらしいルークは正直に悶絶した。

「ほら、痛いんじゃないか。無理するな」

 だいたい舐めたら治るというのは迷信だ。
 自らが昔ルークに教えた言葉なので責任はガイにもあるのだが、それでも舐めるよりはちゃんと治療をした方が良いことくらい彼も良く知っているはずだから、頑固に治療を拒む理由にはならない。
 相当痛かったらしい反応には、悪いことをしたと思ったけれど。

「ティアに言って、治してもらって来いよ」

 目に包帯を巻かれた状態では、流石のガイも手当てをしてやることは出来ない。それこそ舐める程度のことしか出来ないのだから、仕方が無いと思いつつ別の仲間に任せることにする。
 美しい歌声で癒しの力を操る彼女であれば、面倒とも思わずに綺麗に治してくれることだろう。
 そう思って背中を押すように部屋を出るよう促したというのに。人の話を良く聞かないのは相変わらずなのか、ルークが「じゃあお返しだ」と言って圧し掛かってきたのは、ガイにとっても予想外の事であった。

「え・・・って、うわ・・・!」

 ぐるりとバランスが崩れてベッドへと倒れこむ。
 こらルーク何するんだ、と抗議しようとした口は、直後ざらりと撫でていった何かの感触に、言葉に代わって悲鳴を搾り出した。
 包帯の上から襲った生暖かいそれは、嬉しいとか心温まるとか、そんな気分を感じるよりも前に、もうかなり気持ちが悪い。
 それを正直に「うわっ」という声に変えてしまえば、機嫌を損ねてしまったらしいルークからガイはキツイ足蹴りを見舞われる。

「せっかく手当てしてやったのに!」

 拗ねて投げかけられた台詞に、ようやくガイは「そうか、あれは手当てだったのか」と思い至った。
 どうやら先ほどガイが腕を舐めてやったお返しを、彼はしたつもりだったらしい。

「ガイ? おーい、ガイー?」

「・・・お前、いつもこんな事してるのか」

 今のはまだ相手がガイであったから良いものの、これがティアやナタリアのように女性相手だったなら、大変なことになるではないだろうか。
 想像してサッと顔色を青ざめさせたガイは、本気でルークに正しい教育を施さねばと、改めて思った。

「こんなのガイにしかしねーよ」

「え」

「だって、痛ぇもん」

「・・・」

 けれど本人はけろりとした声で、まるで判っていない様子である。返された内容に色々と問題があるように感じられるのは気のせいではあるまい。
 とりあえず、出来ることならガイとて痛く無い方が良いに決まっているのだ。
 そんな感想を胸に抱きつつ、果たしてどこから説明してやれば良いのかと思案していると。まるでタイミングを見計らったかのようにガチャリと大きな音をたてて部屋の扉が開け放たれた。

「何を怪我人同士で騒いでいるんですか」

「じ、じ、ジェイド!」

 あまり見られたくない状況へ遠慮なく入室してきたジェイドに、思わず声を裏返らせてガイは飛び起きる。

「いや、これは・・・っ」

 ルークはまだガイの上に馬乗りの状態。
 これをどう説明すれば誤解無く済むのだろうかと。一瞬でプラネットストームを三周するほどの勢いでガイの思考は回転し、それは同時に空回りと終わった。
 誤解無いようにと思ったところで、ジェイドが相手である時点で、最初からわざと誤解をしてくるに違いないのだ。

「怪我の治療だけど?」

「ルーク、ちょっとお前は黙っててくれ!」

 真顔で答えたルークに頭を抱えながら、ガイは怪我以前に頭痛が酷くなりそうだと天を仰ぐ。
 前門の天然。後門の悪魔。
 絶体絶命のピンチというのはまさに今を指すのかも知れない。
 ・・・と思っていたのだが。

「全く。ガイ、あまり大声を上げると部屋に居る彼女たちにも聞こえてしまいますよ」

 最初のガイの反応を見るだけで満足したのか、それとも馬鹿騒ぎをしている2人に呆れ果てたのか。意外にもジェイドはそれだけを告げると、持っていたものを傍らのテーブルに置いて、すぐに部屋を出て行ってしまった。
 暫らくそれを呆然と見送ったガイは、ぱたりと閉じた扉の音でようやくハッと正気に戻る。
 もしかして、怪我をしている自分たちに気を利かせてくれたのだろうか。サイドテーブルに置かれた小箱は恐らく治療用の救急セットだろう。
 鬼の霍乱かと、知れればただでは済まない様なことを考えながら、ガイはルークを手招いた。

「それ持ってこっちに来い。ちゃんと手当てしよう」

 大人しく近づいてきたルークを隣へと誘い腰掛けさせて、その髪を軽く撫でる。良くできましたと褒めるような仕草には、すかさず「子供扱いするな」という抗議の声が飛んできたけれど。
 ガイは暴れたお陰で自分の分も緩んでしまった包帯を器用に片手でくるくると解き、シーツの上に放った。
 視界が開ければ真っ直ぐにこちらを見上げてくるルークの視線とぶつかって、笑みを零す。

「あまり凝視すると、穴が開くだろ」

 指摘すると、ルークは驚いたように目を開き、そして慌てて目をそらした。もしかして本気で穴が開くなどと思っては居ないだろうなと思いつつ、ガイは手渡された救急箱から必要なものを取り出し、並べていく。
 ルークの腕を治療しながら丁寧に説明すれば、すぐに要領を得たようで。たどたどしい手つきではあったが、今度はガイの目に再び包帯を巻いていった。
 その作業をしている間も、ちらちらと視線はガイの顔の辺りを泳いでいる。そして小さく「青空」と呟けば、まだ彼が昔の事を引きずっているのだろうと理解できた。
 それは、空を欲しがって手を伸ばした子供の声。

「まだ欲しいか?」

 何が、と問われるより早く「青空」と続けると、ぴたりと一瞬押し黙ったルークは迷うように視線をゆらゆら彷徨わせる。
 そして、小さく息を吸い込むと、確かに頷いた。

「うん、欲しいよ」

 彼にとってそれは、手を伸ばさずには居られない、美しいものとして映っているのだろう。
 世界はそれほど綺麗なものばかりでは無いと、知ってしまった今でも。
 変わると言った彼だけれど、昔から変わらないものもある。
 それが時折何かの拍子で垣間見えると、ガイは無性に嬉しくなるのだ。

「あの空は流石にやれないけど」

 窓の外を示した指先を、ゆっくりと自分の方へ向けなおす。ルークの視線がそれを追って自分の姿を映すのを待ってから、ガイは。

「俺の空だったら、ルークにやるよ」

 そう告げて自分の瞳を指差した。
 小さい子供が泣きながら手を伸ばして、欲しいと叫んだ青い空は、ガイの瞳の中に閉じ込められて、ルークの目にいま映っている。

「ガイ・・・?」

「これじゃ、駄目か?」

 彼になら、何でも差し出すことが出来る。そんな風に思える日が来るなんて、想像もしていなかった。
 この細い首を切り裂くために隠していた刃は、聖なる焔に焼かれて溶けてしまったのだろう。

「駄目じゃ・・・ない」

 ゆるりと伸ばされた指先を、拒まずに受け止める。
 触れた指先は怖がるように僅かに表面を撫でていき、そして次にはっきりと形を確かめていった。

「じゃあ、それはもう俺のなんだから、傷つけたら承知しないぞ」

 にやりと笑い宣言されたそれは、所有の証でもあったけれど。
 ガイはぱちりと瞬きをして目の前の子供を見やり、そして破顔して頷く。

「そうだな。ルークのものなら、大事にしないわけにはいかないな」




 日常の狭い檻から抜け出して。
 非日常の世界ならば、遠い空にも手は届くから。


end.

***
コピー本「あの空に届くまで」収録の書きおろし
在りし日の日常」の後日の設定です。

update 2012/06/16
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